2.1 ヒトは社会の中で進化した
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利他性理論と動物が餌を探すときのリスクマネジメント分析を用いて、自己犠牲や協力、社会的変革への適応などの個体的行動と社会現象の分析を試みる 最近ではワルシャワ大学の心理学科教授グラジーナ・ヴィエチュルコウスカ(Grazyna Wieczorkowska)とともに、ポーランドの社会的変革を背景にした一連の研究を行っている これらの研究は独特な視点をとり、採食や探索について進化適応理論を用いて東ヨーロッパ変革移行の社会問題を分析している
人々が激動の中でうまく生存する方法を見出すことによって新たな均衡が生まれる
「なぜこうも、脳がどのように進化したかにみなは関心がないのだろう」と疑問に思った
これほどまでに代謝コストのかかる構造は、並外れて有益な機能を持つようにされたはずである
体重の2%で摂取エネルギーのほぼ20%を消費する
進化生物学者たちの間では、以下のような合意にたどり着いた
生存と繁殖に重要な、生態学的かつ技術的な問題(例えば、捕食圧、採食、道具使用など)に対処するのに必要な認知能力を支えるために、大きな脳は進化したのだ
この合意に反対する人達がいた
生物学者のリチャード・アレクサンダー(Richard Alexander)は、ヒトの脳は究極の適応的可塑性を備えた臓器であり、そして祖先が生きていた環境の中で、最も予測できず、かつ最もコストのかかる問題、つまりその解決に究極の可塑性を必要としていた問題は「母なる自然」ではなく、私達の非常に強い社会性から生じたものであると論じた(Alexander, 1989) このような一連の推論を進化人類学者たちは社会脳仮説(Dunbar, 1998; Dunbar & Schultz, 2007)と呼んでいる おそらく以前の呼び名であるマキャベリ的知性仮説(Byrne & Whiten, 1988)の偏った印象を拭い去るため 反対派は他の生物が人間のような複雑な知性を持たずとも、物理的環境からもたらされた問題をきわめて適切に解いていることを指摘
ヒトが十分な解決を超えて、こんな並外れたものにたどり着いたのは、この種の複雑な推論能力の雛形を、複雑かつ不確実な社会生活に対処できるように進化した高度な認知能力という形ですでに持っていたから
大きな脳は集団生活上の問題を解決するのに必要とされる、そして生態学的・技術的問題を解決するのには必要ではない、目的志向型の情報処理や意思決定戦略などの実行機能を支えることを主目的として形作られている
集団生活の基本的な問題は、自分や集団内の他者に向けられた意図の善意、悪意を知ることであり、このことは心の理論、あるいはマインドリーディングと呼ぶ一連の共感の進化を促したと考えられる 他者の意図に関する知識のおかげで、対人関係のダイナミックなパターンを頭の中でシミュレーションできるようになり、これらの関係を対称性(すなわち互恵性)、推移性、均り合いといった、プロトタイプ的特徴によって分類できるようになった
しかしながら、私の初期の研究は社会脳仮説とは関係のない、より簡単な、しかし同じくらい興味深い研究課題に関してのものだった
Hamilton(1964)の包括適応度(inclusive fitness)のモデルが私の注意を引いたのは、その心理学的な仮定が興味深く、かつ検証可能だということだった 一方では利他性は淘汰される運命にあるが、もう片方では自己犠牲や無私無欲、純粋な寛大さが絶滅とは程遠いことも否定できない
ウィリアム・ハミルトン(William D. Hamilton)は、遺伝的近縁度に応じて、血縁者同士が、利他性に貢献する多様な生物学的構造と処理をコードする遺伝子を共有していることを指摘した 実際には以下の条件を満たすとき、利他主義は正の選択を受ける
利他的行為者と受益者の血縁度が十分に高いこと
これはおそらく、祖先が生きていた環境では通常の状態であったことだろう
受益者への利益が行為者への損失よりも十分に大きいこと
損失: その利他的行為が行為者の繁殖成功度をどれだけ低下させるか
利益: 同じ行動が受益者の繁殖成功度をどれだけ上昇させるか
ハミルトンの公式の興味部会心理学的含意として、心のデザインの目的は
自分との遺伝的近縁度に応じて他者を分類し、さらに、おそらくそれを他者同士の関係にも適用して「仲間探知器」として機能すること
他者との相互作用に伴う利益と損失を計算すること
私達の研究では「血縁関係の手がかりを特定する」という課題については将来にとっておくことにした
候補がなかったわけではない。例えば、性格や価値観の類似性、外見の類似性、親密度、時空間的近接性、「専門家」の意見など
利他的な意思決定に関するハミルトンの重要な仮説、つまり、大きなリスクを冒して他者を助けようとする程度が遺伝的近縁度に伴って増加するかを確かめるため、シンプルに、実験参加者に助けを必要としている人が近い親類か遠い親戚かを想像させた(Burnstein, Crandall, & Kitayama, 1994)
同様に利他的行動のコストを変化させるために、トートロジーではあるが、重症や生命の危険があるような助けは、ほとんどあるいは全く危険がないような助けよりもコストがかかる(援助を与える側の繁殖成功度を低下させる)と仮定するという簡便な方法をとった
ところがこの研究1では、コストのかかる援助からどの程度利益が得られるのかを示す、単純明快な特徴は見られなかった
しかし、進化理論からは、助けられる人の年齢、健康状態、裕福さなど、いくつかの候補が想定される
研究2と研究3では、援助を受ける人が繁殖するには幼すぎる、もしくは老いすぎている場合、思春期を過ぎているが老齢にはまだ程遠く、十分に繁殖可能である場合よりも、利他性から利益を享受する見込みは低い、と仮定した
その次の研究4では、援助を受ける人が健康であるほうが繁殖の可能性が高いので、その結果、健康状態が悪い人よりもコストのかかる援助から利益を得られるだろうと予測した
病気の血縁者よりも健康な血縁者が助けを必要としている場合に、大きなリスクを冒してでも助けたいという意志が強まるだろう、と仮説を立てた
財産の場合(Burnstein, Crandall, & Kitayama, 1994, 研究5)には、近縁者の間で富を共有するべきという非常に強い規範があり、したがって親子あるいはきょうだい間で富の共有はほぼ義務であり、互いを好きであるかどうかにかかわらず当然のこととして起こる、と主張した。
しかし、遺伝的近縁度が小さくなっていくにつれて、義務感もまた薄れていく。
例えば、いとこ同士では共有することは任意であり、主に、一方が他方にどのような勘定を持っているか、また、もちろんそこに共有するべき富があるかどうかに依存するだろうと私達は予測した。
遠縁の間では、コストをかけて援助することは、資源を持っている相手に感謝されたり、気に入られたりするための戦術
人々は裕福な遠縁をそうでない遠縁よりも助けようとするはず
私達はこれらすべての仮説を支持する十分な証拠を見つけた(Burnstein, Crandall, & Kitayama, 1994)
他にも包括適応度の理論から必ずしも直接は導かれないものの一貫している、利他的な意思決定における私達の精緻な計算処理を示すような結果も得られた
例えば、利他主義者が対象者集団のメンバーの繁殖価(私達の実験では遺伝的近縁度によって示されていた)を合計して、助ける相手を定期王的な観点から区別できることを発見した 例えば、実験参加者は6人のいとこよりも3人のきょうだいを助けることを選択した
ハミルトンの法則に従えば、愚かにも非血縁者に利益を供与する利他主義者は淘汰され、それゆにえ少ないはず
しかし、現実は明らかにそうなっていない
非血縁関係での協力がどのようにこれらの問題を越えて進化するのかを示すモデルでは、協力者が相手から裏切られないようにする認知的戦略を持つことを仮定している(例えば、Trivers, 1976; Boyd & Richerson, 1992)
私はHayashi & Yamagishi(1998)の囚人のジレンマゲームにおける戦略のトーナメントがとても意義深いと考えている
ゲームでのふるまいに関する戦略と、ゲーム相手の選び方に関する戦略の2つのアルゴリズムの組み合わせを評価した
このゲームで勝ったのは無条件協力戦略が信頼できるパートナーと信頼できないパートナーをきちんと区別できるパートナー選択戦略と組み合わされたものだった
無条件協力戦略はロバート・アクセルロッド(Robert M. Axelrod)のシミュレーションでは、最も搾取されやすく、コストのかかるゲーム戦略だった 実験室実験やフィールド実験でも同様の結果が示されており(例えば、Cosmides, 1989; Gintis, Bowles, Boyd, & Fehr, 2003; Henrich, et al., 2006)、これらの結果は「信頼性検出」という認知能力の進化を強く支持するもの 20年ほど前、私はこのようなメカニズムを検討するためにいくつかの研究を行った
異なる情報提供者からメッセージをもらい、そのうちの一つが信用出来ないものである場合に、どのようにそれらのメッセージを処理するかについて検討した(Schul, Burnstein, & Bardi, 1996)
こうした状況では、情報の受けては一つ一つのメッセージをある種のマインドリーディングによって精査することがわかった 情報提供者の意図を理解するために、情報提供者の発言内容と、それとは別の内容、あるいは発言と真逆の内容を対置し、それらの選択肢の中でどれが妥当かを比較するというもの
この結果、以下のことがわかった
情報の受け手は、メッセージから得た情報と、その情報を入念に符号化している最中に導かれた推論とを記憶の中で混同すること
一連のメッセージ一つひとつに対して複数の解釈を付与するため、情報の受け手への初頭効果が(提供者の信頼性を確信し、それぞれのメッセージを実験の最初に呈示される単一の解釈の枠組みで理解する人と比べて)生じにくくなること 偶然にも信頼性検出に関する多くの知見は、社会脳仮説と一致するものだった
この仮説では、マインドリーディングに携わる実行機能は、非社会的な問題の解決に適用される認知能力を高める手続き的なテンプレートやプライムとしての機能を持つ
例えば、非信頼性を閾下プライミングした場合(Schul, May, & Burnstein, 2004)、また相手の信頼性を評価する必要性を意識させた場合も(Schol, Mayo, & Burnstein, 2008; Ybarra, Burnstein, Winkielman, Keller, Manis, Chan, & Rodriguez, 2008; Ybarra, Winkielman, Yeh, Burnstein, & Kavanagh, 2011)、それらによって対抗シナリオ処理が活性化したことで、文法課題や論理課題、数学課題の成績が上昇し、それはとりわけ通常は正解が容易に思い浮かばないような難問で顕著だった
ポーランド人の共同研究者と私は、進化的採食理論の一般的な原則を援用して、ポーランドにおける共産主義から資本主義への移行のような急激かつ劇的な社会変化に人々がどう対処するかを分析した(Wieczorkowska & Burnstein, 2004a) 私達のモデルは探索コスト(結果を達成するのに必要な準備努力)と結果の価値のトレードオフを仮定した(Wieczorkowska & Burnstein, 1999, 2004b) トレードオフの性質に基づき、2つの理想的な戦略を区別した
きわめて注意深く計画を立て、細部に注意を向けるために大きな探索コストを払うことを受け入れるが、結果を吟味し、多くの選択肢を棄却し、ごく僅かな選択肢だけを「十分によい」よものとして選び出す
最小限の計画を立て、細部を無視することによってコストのかかる探索を避ける一方、多くの選択肢を「十分によい」ものとして受け入れる
ポーランドでは市場経済に移行することによって探索コストが非常に大きく減少した
それまで不足・禁止されていた幅広い選択肢が手に入るようになり、その一部は余りあるほどにさえなった
したがって、この変化以前には、注意深く計画を立てることは通常は無駄であり、それゆえ、その人自身やその人の人生に対する不平不満の源となっていた
明らかに共産主義のもとでは区間戦略の方が適応的であり、点戦略は適応的ではなかった
これが逆転し、点戦略が適応的になり、区間戦略が適応的ではなくなると私達は予測した
自己報告による生活への満足度と自己効力感を適応価の指標として用いた分析で、1992年のポーランドの全国調査では、経済外交した結果、点戦略を取る人々が区間戦略をとる人々よりも人生に対する満足感と、日常的な活動に関する効力感が高いことがわかった(Wieczorkowska & Burnstein, 1999)
しかし、興味深いことに仕事に関しては移行後に供給が減少していた
ポーランドの失業率は共産主義の時代よりもずっと高かった
私達は、ポーランドの失業者の間では、その環境により適応しているのは区間戦略をとる人々のほうだということを発見した
点戦略をとる人々よりも早く仕事を見つけていた
区間戦略がもたらす利益は女性に対してとりわけ大きく、これは当時、女性が家庭の外で働くことに対して世間の目が冷ややかだったせいで、女性は男性より大きな探索コストに直面していたためと考えられる
進化理論で重要なことは、現代の社会心理学を構成している、ひどくまとまりのない後付の理論や完全に分離しあっている研究課題を統合するのに役立ち得ること
その統合は水平方向でも垂直方向でもあり得るだろう